医療の蓋然性(がいぜんせい)

 医療には「蓋然性(がいぜんせい)」があります。こんな風に書かれても、意味がぴんと来ませんよね。

 「蓋然性」とはどういう意味か、「スーパー大辞林」によると次のように書いてあります。

事象が実現されるか否か,またはその知識の確実性の度合。確からしさ。数学的に定式化されたものを確率と呼ぶ。プロバビリティー。〔「哲学字彙」(1881年)に英語 probability の訳語として載る〕 →可能性

 さらに「蓋」という言葉を調べて見ると、こんな意味です。

貴人や導師仏像などの頭上にさしかけるかさやおおい。
〔人の心をおおって真理を知ることを妨げる意から〕煩悩(ぼんのう)。

1. の意味だと「天蓋」という言葉が馴染みがあると思いますが、「蓋然性」の場合は2.の意味から来ています。probabilityを翻訳するのに、無理やり「蓋」という文字を引っ張ってきたという印象が否めません。

 probabilityの訳語だったらわざわざ難解な用語にしなくても「可能性」で良いではないかと思うのですが、日本人の悪いくせである「難解であることが高尚である」ということから来ているのかもしれません。英語はわかりやすく説明的に表現するというのが鉄則ですから、実はこれ、日本人の英語が通じない、すなわち出来ない理由のひとつです。

 話が脱線しました。

 「医療の蓋然性」とは、言い換えれば「医療の確からしさ」という意味になります。「確率的である」という言い方も出来ます。すなわち別の見方をすれば、ある症状に対して同じ治療をしても、その治療を受けた患者さん達全員が治癒するということはないということを表しています。

 また医療では、「治癒」以外に良く使われる言葉として「緩解(かんかい)」があります。これは病気の症状が軽減またはほぼ消失した状態であり、完全に良くなった「治癒」とは異なります。これも、正に「医療の蓋然性」を表していませんか。

 医療に蓋然性がある理由として、個人差もありますし、同じ症状に見えていても原因は全く別である可能性もあります。

 ここで注目したいのは個人差なのですが、体質的なものがもちろんありますが、もうひとつ大きい要因として、治療を受けている本人に病気を治そうとする執念があるか、治療をしてくれている医師を信頼できるかという、患者の気持ちの問題があると思っています。

 特に2番目の医師を信頼できるかという点は、治療効果との関連として見逃されがちなのですが、身体に対して大きな影響を与えると思っています。なぜなら、信頼できなければ体は緊張し、自律神経のうちの交感神経が過剰に優位となり、自然治癒力が落ちてしまいます。逆に医師を信頼していれば気持ちがゆったりし、自然治癒力が増大します。

 私は、治療が直接病気を治すのではなく、自然治癒力をお手伝いして高めるのが治療だと思っています。ですから、自分の病気や怪我を治してくれている医師が信頼できて気持ちがゆったりできるかどうかということは大変重要です。医師の治療だけで治ると過度に期待しないことです。過度に依存するのと信頼は異なります。

 もっとも、信頼できないと思ったら、担当医を変えることを考えたほうが良いでしょう。この見極めは結構むずかしいのですが、疑問を持ち続けるようであれば変えたほうが良いでしょう。

 ただし信頼には忍耐も必要です。

 私自身のことですが、昨年歯槽膿漏が再発して奥歯の歯茎が腫れてしまいました。治癒するまで1年近くかかりました。私のお客様でもある歯科医師さんに通っていたのですが、かれこれ6年お付き合いがあり、非常に信頼している先生で、一進一退でなかなか良くならなかったのですが通い続け、10か月位経った所で突然良くなり始め、治癒しました。私の自然治癒力が復活したのですね。

 ずっと通い続けて途中で「だめだ」と思って違う歯科医院に通っていたら、どうだったでしょうか。この先生を信頼して諦めずにずっと通い続けて、治癒することが可能でした。先生の治療に対して全く疑問を感じませんでしたし、かなり長い間患っていた歯槽膿漏なので、私自身治癒まで時間がかかると思っていたからです。

 一方、世の中には何事も最初から疑ってかかると言う人達がいますが、こういう性格の人達は普段の生活でも緊張状態ですから病気になりやすいですし、医師を信頼しない傾向があります。過度に期待してなかなか治らないと「裏切られた」という気持ちも大きくなり、信頼しなくなるのでしょう。

 さらにこういう人達の傾向として、物事を白か黒かという二元論でしか考えられず「医療の蓋然性」を理解しようとしません。結果として、極端で間違った情報や素人判断に飛びつきます。

 例えば、本年(2016年)5月号の文藝春秋にM医師の「がん検診百害あって一利なし」という記事が掲載されていましたが、この記事など「医療の蓋然性」すなわち「100%確実なものはない」ということを無視して、例外的な部分を極端に強調している代表的な事例でしょう。

 ところが、前述したような人達はこのM医師の記事を信じていて、そうではないという意見を聞こうともしません。

 一方、直前の2016年2月9日に俳優の渡辺謙さんが人間ドックでがん検診を受けた結果、早期胃がんを見つけて手術を受け、仕事に復帰されたということをご本人が公表されました。「がん検診百害あって一利なし」を鵜呑みにしていたらどうなっていたでしょうか。

 また、「何事も最初から疑ってかかると言う人達」は私自身の体験として書いた忍耐力がなく、通称ドクターショッピングと言われていますが、1回か2回通院して目に見えて効果がないとすぐ別の所へ行ってしまう傾向があります。こんなことをやっていたら、病気が治るわけがありません。もちろん、1回通ってだめだと思うことはありますが、ドクターショッピングではそれこそあちこち転々と通うのです。

 大変長くなりましたが、本題です。

 私がやっている整体は、「医業類似行為」に分類されます。次のように定義されます。

医業類似行為(いぎょうるいじこうい)とは、「医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ、人体に危害を及ぼし又は危害を及ぼす恐れのある行為」である医行為を、「業、すなわち反復継続する意志を持って行うこと」である医業の周辺行為のことをいう。あん摩(マッサージ)・はり・きゅう・柔道整復といった法定の行為4種と、カイロプラクティックや整体のような、法定の行為以外の民間療法を含む概念である。

 「医行為」は「医療」と置き換えれば良いのですが、前述したように「医療」には「蓋然性」があります。ですから、当然ですが「医業類似行為」にも蓋然性があります。すなわち、

整体で、100%治るということは、保証できない

ということです。

 世の中、「うちに来れば絶対治る、医者に通うな」などということを謳っている同業者もいるようですが、これは「私は信用できません」と宣言しているようなものです。

 幸いにして、うちにお越しいただく患者さんはほぼ全員緩解されますが、「絶対治る」とはとても言えません。ですから、施術方針にも「絶対治る」ということを言わないと書いています。もちろん、整体は万能ではありませんから、治せない症状もあります。

 このことを理解してお越し頂ければ幸いです。

Amberley
英国、アンバレー 2002年9月14日撮影